見栄? 強がり?

カレーの話は一昨日の話。
48時間とちょっと経過した今日の午後。
父のお供えの花が枯れたようで、
「明日、花を買いに行こう」と大きな声でひとりごと。
さらに、
「いろいろ買いたいものもあるし、明日は買い物の日」
と大声の独り言。
一昨日行った店でいろいろ買いたいものがあるらしい。

今朝聞いたら、「何も要るものは無い」と言ってたので、
私が行って食パンだけ買って来たのだが、
後から『花』と言い出したのは先週と同じでも、
『いろいろ買いたいものがある』は聞き流せない。
一昨日行ったばかりで、『いろいろ』???
それに、どうやって行くのだ???

「明日は神戸に帰るから行けないよ」と言ったら、
「自転車でもバスでも、自分で行く」と断言。
自転車は、数年前に転倒してから乗ってない。
バスには乗ったことがない。

それで夕方、
「花だけでも買ってこようか」と聞いたら、
「行くなら、花だけ買って来てもらおうかな」
「どうせなら他のものも買ってくるけど」
「さっきメモしたのに無いいなあ。花だけでええわ」
「直ぐには出ないから、もう一度書いたら」

30分経過、
「じゃあ行ってくるから、メモは」
「花だけでいい」
「買いたいもの、いっぱいあるんやろ。どうぞ」
「そんなもんない」
「さっきメモしたと言ったやろ」
「そんなこと言ってない。メモなんかしてない」

結局、花だけじゃない、車に乗せて行けと、暗に言っていたのだ。
ムカつくけど、母のためではなく、父の花を買いに行って来ました。

先週も今週も、自転車で運動だと思って行ってます。

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好みを押し付けるな!

母が畑の草取りをして、
「腰が痛い」「足が痛い」「手が痛い」と大きなため息と共に、
私に聞こえるように繰り返す。

私は耕運機と草刈機と手を使い分けて、
手抜きで効率よく済ませようとするが、
母は、手でやれと暗に要求しているのである。
手で1つずつ抜くのが一番綺麗なんですけどね。
一番疲れるのも事実。

あまりうるさいので、曇りのお天気に一念発起、
1日意地になって頑張ったが、終わらず。
明日、もう半日かかりそう。

またカレー?

今朝、またお昼のご飯が炊かれている。
「何で」と聞くと、
「久しぶりにカレーにするから」
あれから、母の言う塊の肉は買ってないので、できないのでは?
とはいえ、今更言っても仕方が無いのはわかっていても、
「せめて、前の日に言ってよ」
「昼から決めてる訳ではないから」
「夜、お米を量るときにはわかってるやろ」
「・・・・・・」

朝食後、
「買い物に行くなら乗せていくけど、行って買ってきてもいいよ」
と昨日と同じことを聞くがはっきりしない。
行きたいのだろうと、「車で行こう」と声をかけると
それならその方がいいと、嬉しそうに準備を始める。

それで、車を走らせてからどこへ行くのか聞くと、
「塊の肉買って、人参と、・・・・」
「買い物はわかったけれど、どこへ行くの」
「塊の肉買って、人参と、・・・・」
「買い物はわかったけれど、どこへ行くの」

適当に行きそうなお店を回りましたが、
帰りの車の中で、
「塊の肉買ったかな?」
そんなこと、知りませんがな。
それに、『塊の肉』って何?
牛肉もあれば豚肉もある、
チキンカレーもあれば、ミンチのカレーもある。
どういう思考パターンなのか分からん。

その上に、落ちが付いた。
11時過ぎ、
「お昼、ご飯はあるし何にする。焼き飯でもしようか」

カレーは!!!!

ゆっくりと???

週末は3日間神戸に帰っていた上に、妹も来なかったようで、
当然冷蔵庫は空っぽ。

8時過ぎに、買い物の声をかけた。
「買い物に行くなら乗せていくけど、行って買ってきてもいいよ」
いつもの通り特に返事もない。もう一度言っても生返事。
8時半過ぎにもう一度聞くが、
収穫したした玉ネギを片付けだし、
高いところに吊るすことができなくてため息、
頼まれたわけではないが、ハイハイと代わりに吊るした。

で、9時を過ぎたので、
「買い物どうするの」
と声をかけても「ハア」と生返事。
いつまでも待っているわけにも行かないので、
「要るものがあればメモして。パンは?豆腐は?」
「無かったか?」
「見たらええやん」
「無いなあ」
やっと、必要なものをメモしだしたが、漏れ漏れ。

「冷蔵庫に吊るしてある『買い物チェックリスト』使ったら」
「全部買うわけではないから、チェックリスト使うのもったいない」
「なら確認にだけ使って、メモに書いたらええやん」
「それでええんやったら、それでもええけど」

でも、チェックリスト一番最初の『食パン』は飛ばしている。
認知症の患者は急がせるなと言うけれど、
日が暮れてしまいます。

とはいえ、頼まれてないものを買ってくると、
「要らん物まで勝手に買う・・・・」と苦情を言われるので、
本人に書かせないと後が面倒になる。

気になった途端に

雨が降ったり止んだりのお天気。
借りていた本を読んでしまい、
1日母と家の中に居るのもお互い気詰まりなので、
午後の止み間に図書館に行くことにした。

それで母に何か買い物は無いか聞いたら、
何も要るものは無いと言う。
なので、午後、図書館に出かけた。

で、夕食前に帰ってみると、
父のお供えの花が萎れたので、花が欲しいとブツブツ。
自分で買い物に行かないから忘れるとブツブツ。
明日行こうとブツブツ。

あまりにも、ブツブツと鬱陶しいので、
自転車で私が買いに行って渡したら、
「買って来たんや。有ったんやな」

わざわざ買いに行ったんですけど。

どうなった?

最近は母の作る料理を食べるのは朝食だけ。
昼食を自分で作るようになって1年になる。
ところが、今朝、朝食を食べようとすると、ご飯が大量にある。
どうしたのか母に聞いたら、「どうせ食べるやろ。お昼の分」
と、当然のように言う。

1年以上食べてないのに、どうしたことか原因不明。
炊いたものは仕方がない、食べるしかない。
お菜は自分でと思っていたら、
朝食後、母が昼食の準備を始めた。
「久しぶりやからカレーでもしようと思って」

しかし、私には元々の予定の材料があり、
週末は神戸に帰る予定なので、消費しないといけない。
で、カレーは要らないということで、中止。

すると、母が明日の朝食のお菜で悩んでいるので、
「朝からカレーでいいよ」と言ったら、
冷蔵庫をチェックして、
「塊り肉がないからできない」

朝はどうするつもりだったんだ?
別に、スライス肉でも、鶏肉でもいいだろ?
どうなっているんだ?

それに、昨日のお昼、私はレトルトカレーを食べた。
それを見て、カレーが記憶に残り、
私が食べていたのは記憶から消えたのだろう。
この調子で行くと毎日カレーになるかも。

祟られる

4月にエンジン刈り払い機で草刈りをしていて、
水仙と並んでいた花菖蒲を刈ってしまった。
水仙の間に2〜3株あるだけなので、見落としてしまった。

で、それ以降、母が何か花はないかと庭と畑を見回すと、
「青い水仙、刈られてしまったからな。あったら使えたのに」
を何回も聞かされている。
今日もまた言われてしまった。

花菖蒲なので、5月の初旬、1回か2回使ったら終わり、
そんなに長い期間は咲かないし、本数も少なかった。
なのに、逃げた魚はデカイ。
花が無いときは、1年中言われるだろう。
面倒なことをやってしまったものだ。